癒着胎盤の事
私のブログにアクセスする方で、
癒着胎盤のキーワードで訪れる方もいるようです。
確かに
私も癒着胎盤と診断された時に、いまいち理解できず調べたものです。
ここで
私の癒着胎盤と分かるまで、そして今日までの経過を記録しておきます。
長くなりますので、関係のある方にのみお勧めします。
3年前になるでしょうか。
妊娠して4カ月位の時に、主人の実家の義母さんの容体が悪くなり、家族でむかうことに。
関東から九州まで、なんと車で移動しました。
移動中は何でもなかったのですが、滞在3日目くらいでしょうか、下着に着いている程度でしたが
出血をしていたようでした。止まっていたのであまり気にせず、そのまま10日程九州滞在。
関東に帰宅後、念のため診察に行きました。
そこで分かったのが、前置胎盤の疑いでした。
小さな個人病院でしたので、
このまま出産になるとうちでは設備が…とのことで、少し大きな病院を紹介してくださいました。
紹介病院で診察を受けると、
妊娠初期頃の前置胎盤は、それほど珍しくもないということ。
子宮口を覆っている胎盤も、子宮が大きくなると共に上にずれていき
改善する事もあるとのことでした。
月に2回程の診察を受けていましたが、7か月に入った頃。
お腹は順調に大きくなっているのですが、胎盤の位置がずれていないということ。
もしかして、癒着胎盤の可能性もあるとのことでした。
癒着胎盤だと、うちではやることができないとの事で、今度は大きなの病院の紹介状を。
新たな紹介病院にて診察していただくと
全前置胎盤である事と、癒着胎盤の可能性が非常に高いということ。
癒着胎盤は、月数が進むにつれ、中で胎盤がはがれてしまった時、
胎盤と子宮の癒着が強いため、とんでもない出血になる。
その出血量で救急車でも間に合わない事もあり、そうなると母子共にとても危険なので
管理入院してくださいとのことでした。
7か月後半位でしょうか、入院をしました。
入院をしたからといって、これといった治療はありませんが、
手術に向けての貯血をしていました。
本当なら1週間に1回は貯血したい(8か月に入るので、少しでも多く貯血しておきたい)とのことでした。
妊婦だったからでしょうが、やはり鉄分が少なく、鉄剤の飲み薬(毎日)を飲んで
貯血予定日の前日には鉄剤?の注射をしていました。
貯血当日の朝には毎回血液検査をして、良い血液なら貯血ができました。
しかし、妊婦で貧血気味のせいか2週間に1回のペースでの貯血。
量は、1回に500ml程です。
最終的には術前に、1500ml位の貯血量になっていました。
そして、33週位の頃。
ベッドで横になっていたら、何となく下腹部に変な感じ。
尿意では無いのですが、何か溜まっているような…?
トイレに行って座ったとたん、バサーッって感じで出たのを覚えています。
拭いて見ると、血でした。
看護婦さんにトイレから呼び出しボタンでお願いして、処置室まで。
止血剤と言っていたと思うのですが、注射と点滴をしました。
このまま朝まで止まらなければ、最悪手術ですね。とのこと。
翌朝、とりあえず出血は止まりましたが、もう限界なのかもしれないとのこと。
35週に入るのを待ち、少し早いけど手術をすることになりました。
私の場合ですが
子供を出すまでは局部麻酔?(腰に打ちます)
子供を出した後は全身麻酔になりました。
術前に、基本、子宮を残すようにはしますが、
万が一の時は全摘出になりますのでと説明を受けていました。
手術は朝一で始まり、7時間半の手術になりました。
最終的に子宮全摘出になったと説明を受けました。
(↑ちょっと私の経過に問題ありでした。通常であれば、子宮摘出しても
ここまで時間もかからなかったそうです。)
術後、点滴が3本ほど繋がっていたでしょうか。
一番つらかったのは目眩です。
術中に3000ml近くの出血があったそうで、私の貯血分を戻しても半分くらい。
目眩はそのためだったそうです。
経過を見て、輸血もしていきますとのことでした。
あー、なんか輸血はいやだなー…自然回復が良いかなぁ
なんて思ったりしたので、母にお願いして、
鉄分が取れそうな食材を使った料理を差し入れして頂きました。
術後から退院まで、個人差があるようですが、
私の場合、差し入れが良かったのか?術後の血液レベル?が[4]位だったのが2週間で[9]位まで増えて
先生や看護士さんが驚いていました。
まあ、目眩はしていたのですが回復力としては凄いとか何とか。
でも、おかげで早く退院できました。
長い方だと、1カ月位血液レベルが上がらず、入院をする方もいるそうです。
退院後は、やはり、体力の低下と、目眩でしょうか。
少しつらいかなという感じです。
それでも、術後1ヶ月後にはその状態に慣れたのか、回復したからか
通常通りでした。
(あ、体重は全然通常どおりじゃなかったので、かかとが痛かったのを覚えてます。
太りすぎましたね…)
子宮がなくなるとどうなるのだろう。。。
もちろん不安がありました。
これは個人差があると思います。
私の場合ですが
お腹の傷は1年は違和感がありました。
特に、力の入れた感じとかに、なんだか力が入りにくかったり。
(子宮が無くなったせいでしょうかね?)
でもこれは、思いっきり個人差でしょうね。
知っている方に、筋腫で摘出した方がいますが、
5年経つそうですがが、未だに術前のようには戻らないとか。
確かに何らかの違和感や、目眩等はありますが、
それが気になるレベルか、気にならないレベルかの差なのかなと話したりしていました。
あと、当たり前ですが子供は産めなくなります。
私の場合、子宮はなくなりましたが、卵巣は残っています。
更年期障害なんかも、不通に来るとか何とか言ってましたが、
あまり気にしていませんでしたので、覚えていないレベルです。
また、毎月来る赤いもの。
正直無くなって、とても楽ですw
あの不快感から解放されて、夏は大助かり。
あまり深く考えず、子供が産まれたことに感謝して
子供中心に色々していたから、不安しただけ損したかな?
位の感じで、私は終わりました。
しかし、
今母子ともに元気なのは、やはり病院の先生たちの判断が素晴らしかった事。
適切な処置をして頂けたからだと、今でも感謝しています。
正直、入院等が大嫌いな私。
あの時拒んでいたらと仮定すると、それはもう大変なことになっていたのではないかと思います。
癒着胎盤の方、前置胎盤の方は、
先生のおっしゃるように管理入院された方がいいと感じます。
入院すると、地味にへこむ時もあるかもしれませんが、
大切な赤ちゃんの為だと思えば何のそのです。
余計な心配は無用です。
心配しても、自分では結局手術も何もできないのです。
出産前も、出産後も
心にゆとりを持っていきたいですね。
なんて言う私は、子供が元気に育っていて
毎日育児に追われ、テンパっていますよぉ。
この記事を読んで
癒着胎盤への不安が少しでも無くなれば幸いです。
かといって、大した事無いと言う訳ではないですよ。
大変なことです。
でも終わってしまえば、あれ?という感じ。
人それぞれの症状があって、それぞれの経過と結果もあります。
「案ずるより産むがやすし」
良い言葉だと感じます。
頑張ってください!!!!
癒着胎盤のキーワードで訪れる方もいるようです。
確かに
私も癒着胎盤と診断された時に、いまいち理解できず調べたものです。
ここで
私の癒着胎盤と分かるまで、そして今日までの経過を記録しておきます。
長くなりますので、関係のある方にのみお勧めします。
3年前になるでしょうか。
妊娠して4カ月位の時に、主人の実家の義母さんの容体が悪くなり、家族でむかうことに。
関東から九州まで、なんと車で移動しました。
移動中は何でもなかったのですが、滞在3日目くらいでしょうか、下着に着いている程度でしたが
出血をしていたようでした。止まっていたのであまり気にせず、そのまま10日程九州滞在。
関東に帰宅後、念のため診察に行きました。
そこで分かったのが、前置胎盤の疑いでした。
小さな個人病院でしたので、
このまま出産になるとうちでは設備が…とのことで、少し大きな病院を紹介してくださいました。
紹介病院で診察を受けると、
妊娠初期頃の前置胎盤は、それほど珍しくもないということ。
子宮口を覆っている胎盤も、子宮が大きくなると共に上にずれていき
改善する事もあるとのことでした。
月に2回程の診察を受けていましたが、7か月に入った頃。
お腹は順調に大きくなっているのですが、胎盤の位置がずれていないということ。
もしかして、癒着胎盤の可能性もあるとのことでした。
癒着胎盤だと、うちではやることができないとの事で、今度は大きなの病院の紹介状を。
新たな紹介病院にて診察していただくと
全前置胎盤である事と、癒着胎盤の可能性が非常に高いということ。
癒着胎盤は、月数が進むにつれ、中で胎盤がはがれてしまった時、
胎盤と子宮の癒着が強いため、とんでもない出血になる。
その出血量で救急車でも間に合わない事もあり、そうなると母子共にとても危険なので
管理入院してくださいとのことでした。
7か月後半位でしょうか、入院をしました。
入院をしたからといって、これといった治療はありませんが、
手術に向けての貯血をしていました。
本当なら1週間に1回は貯血したい(8か月に入るので、少しでも多く貯血しておきたい)とのことでした。
妊婦だったからでしょうが、やはり鉄分が少なく、鉄剤の飲み薬(毎日)を飲んで
貯血予定日の前日には鉄剤?の注射をしていました。
貯血当日の朝には毎回血液検査をして、良い血液なら貯血ができました。
しかし、妊婦で貧血気味のせいか2週間に1回のペースでの貯血。
量は、1回に500ml程です。
最終的には術前に、1500ml位の貯血量になっていました。
そして、33週位の頃。
ベッドで横になっていたら、何となく下腹部に変な感じ。
尿意では無いのですが、何か溜まっているような…?
トイレに行って座ったとたん、バサーッって感じで出たのを覚えています。
拭いて見ると、血でした。
看護婦さんにトイレから呼び出しボタンでお願いして、処置室まで。
止血剤と言っていたと思うのですが、注射と点滴をしました。
このまま朝まで止まらなければ、最悪手術ですね。とのこと。
翌朝、とりあえず出血は止まりましたが、もう限界なのかもしれないとのこと。
35週に入るのを待ち、少し早いけど手術をすることになりました。
私の場合ですが
子供を出すまでは局部麻酔?(腰に打ちます)
子供を出した後は全身麻酔になりました。
術前に、基本、子宮を残すようにはしますが、
万が一の時は全摘出になりますのでと説明を受けていました。
手術は朝一で始まり、7時間半の手術になりました。
最終的に子宮全摘出になったと説明を受けました。
(↑ちょっと私の経過に問題ありでした。通常であれば、子宮摘出しても
ここまで時間もかからなかったそうです。)
術後、点滴が3本ほど繋がっていたでしょうか。
一番つらかったのは目眩です。
術中に3000ml近くの出血があったそうで、私の貯血分を戻しても半分くらい。
目眩はそのためだったそうです。
経過を見て、輸血もしていきますとのことでした。
あー、なんか輸血はいやだなー…自然回復が良いかなぁ
なんて思ったりしたので、母にお願いして、
鉄分が取れそうな食材を使った料理を差し入れして頂きました。
術後から退院まで、個人差があるようですが、
私の場合、差し入れが良かったのか?術後の血液レベル?が[4]位だったのが2週間で[9]位まで増えて
先生や看護士さんが驚いていました。
まあ、目眩はしていたのですが回復力としては凄いとか何とか。
でも、おかげで早く退院できました。
長い方だと、1カ月位血液レベルが上がらず、入院をする方もいるそうです。
退院後は、やはり、体力の低下と、目眩でしょうか。
少しつらいかなという感じです。
それでも、術後1ヶ月後にはその状態に慣れたのか、回復したからか
通常通りでした。
(あ、体重は全然通常どおりじゃなかったので、かかとが痛かったのを覚えてます。
太りすぎましたね…)
子宮がなくなるとどうなるのだろう。。。
もちろん不安がありました。
これは個人差があると思います。
私の場合ですが
お腹の傷は1年は違和感がありました。
特に、力の入れた感じとかに、なんだか力が入りにくかったり。
(子宮が無くなったせいでしょうかね?)
でもこれは、思いっきり個人差でしょうね。
知っている方に、筋腫で摘出した方がいますが、
5年経つそうですがが、未だに術前のようには戻らないとか。
確かに何らかの違和感や、目眩等はありますが、
それが気になるレベルか、気にならないレベルかの差なのかなと話したりしていました。
あと、当たり前ですが子供は産めなくなります。
私の場合、子宮はなくなりましたが、卵巣は残っています。
更年期障害なんかも、不通に来るとか何とか言ってましたが、
あまり気にしていませんでしたので、覚えていないレベルです。
また、毎月来る赤いもの。
正直無くなって、とても楽ですw
あの不快感から解放されて、夏は大助かり。
あまり深く考えず、子供が産まれたことに感謝して
子供中心に色々していたから、不安しただけ損したかな?
位の感じで、私は終わりました。
しかし、
今母子ともに元気なのは、やはり病院の先生たちの判断が素晴らしかった事。
適切な処置をして頂けたからだと、今でも感謝しています。
正直、入院等が大嫌いな私。
あの時拒んでいたらと仮定すると、それはもう大変なことになっていたのではないかと思います。
癒着胎盤の方、前置胎盤の方は、
先生のおっしゃるように管理入院された方がいいと感じます。
入院すると、地味にへこむ時もあるかもしれませんが、
大切な赤ちゃんの為だと思えば何のそのです。
余計な心配は無用です。
心配しても、自分では結局手術も何もできないのです。
出産前も、出産後も
心にゆとりを持っていきたいですね。
なんて言う私は、子供が元気に育っていて
毎日育児に追われ、テンパっていますよぉ。
この記事を読んで
癒着胎盤への不安が少しでも無くなれば幸いです。
かといって、大した事無いと言う訳ではないですよ。
大変なことです。
でも終わってしまえば、あれ?という感じ。
人それぞれの症状があって、それぞれの経過と結果もあります。
「案ずるより産むがやすし」
良い言葉だと感じます。
頑張ってください!!!!
# by happy_lihe_cute | 2011-12-15 11:52 | 記事










